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「自分にはかけがえのない個性がある」と思ってる人は、全員同じ顔してます。区別がつきません。

 俳句って字数制限キツイし季語とか切れとか定型とかルールがキツイんだからただでさえ個性なんて出ない、まして先人の句を意識してたらなおさら……と考えている人も多いようですが、それは話が逆で、俳句の定型や切れや季語って、全員に制服を着せたらかわいい子とそうじゃない子が残酷なくらいはっきりわかっちゃう、というような意味であなたの言語センスが測られるのです。

さようなら、とこの国の人々が別れにさいして口にのぼせる言葉は、もともと「そうならねばならぬのなら」という意味だとそのとき私は教えられた。「そうならねばならぬのなら」。なんという美しいあきらめの表現だろう。西洋の伝統のなかでは、多かれ少なかれ、神が別れの周辺にいて人々をまもっている。英語のグッドバイは、神がなんじとともにあれ、だろうし、フランス語のアディユも、神のみもとでの再会を期している。それなのに、この国の人々は、別れにのぞんで、そうならねばならぬのなら、とあきらめの言葉を口にするのだ。

アン・リンドバーグ (須賀敦子『遠い朝の本たち』より

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shingeki 07

因みに提供バック。Aパート/1原長谷川ひとみ 2原/かとみBパート田中宏紀(敬称略でした。

— 立川譲さん (@usagi_rakuda)